諸君、私たちは
諸君、私たちはスケベだ。まごうことなきスケベだ。つまりは私の性別は男だ。諸君らと何ら遜色のない男だ。諸君、私たちは男であるが故にスケベなのか、はたまたスケベであるが故に男なのか、そこら辺のところはようと知れない。ただ、一つ分かることがある。それは、私も諸君らも、この現状を決して嫌ってはいないということだ。
諸君はスケベで、故に私もスケベだ。私は男で、故に諸君もスケベだ。それでいいのだ。それだけでこんなに心が穏やかに、されど根っこの部分は熱く燃えている。これは男でしか味わえない連帯感だ。何も、この場を借りて男女差別を働こうなどということでは決して無い。ただ、私たちの、このスケベを中心として波及し、そして繋がったこの心の共鳴は、もはや男であるからというその理屈付けのみでしか語ることが叶わないのだ。我ながら自身の語彙の無さに辟易するばかりである。
エロ同人誌。エロ同人誌だ。この、エロ同人誌こそが諸君の、私のスケベの代名詞であり、諸君が私が男であるための存在証明であるのだ。エロ同人誌無くして、スケベはなく、故に私たち男もないのである。エロ同人誌について、哲学しよう。エロ同人誌に、思いを馳せよう。エロ同人誌に、焦がれてみせよう。
純粋な男なら、エロ動画ものがキライな人はいないと思います。しかもネットサーフィンしていれば、いくらでもエロい画像や動画に行き着くので、これを無視する人間はいないと思います。
オタクの間では、エロ 同人誌は、テッパンのネタです。秋葉原とか日本橋に行く時には、必ずこれを仕入れて、自宅で興奮の時間を過ごしていることが多いです。
原作では絶対にありえない組み合わせでのセックスなんかも楽しめる。それがエロ 同人の魅力なのではないでしょうか。ぜひ一度ご利用ください。
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